白雪姫はここにいた。大垣「渡辺酒造釀」
水の都、大垣市。人口約16万人、岐阜県第二の都市である。大型スーパーが出店して、かつての裏口が表玄関のような様相に。どの地方都市にも共通の光景だが、以前から見ると街の生態系が一変した感がある。より快適さ、便利さを求める人の心理があるかぎり避けられない運命にせよ、いささかの寂しさを覚えざるをえない。
古い街の一角に佇む「渡辺酒造釀」。
JR大垣駅を出て、大型スーパーを左手に見て国道を歩くこと約10分。脇道にそれしばらく進むと、民家が並ぶ古い住宅街の中に入る。その先に「渡辺酒造釀」はあった。1902年創業というから、100年以上の歴史を持つ酒蔵。大きな門構えの広い敷地を勝手に想像していたが、街の一角にひっそりと佇んでいた。
「酒蔵まつり」での出会いが、訪れるきっかけに。
「渡辺酒造釀」を訪れるきっかけとなったのは、テレピアホールで先月開かれた「なごや酒蔵まつり」。40を超える東海地区の酒蔵が参加、酒蔵の人と交流できるということで、会場は400人を超える参加者で満杯状態。メディアで頻繁に取り上げられる有名酒蔵もあれば、聞いたこともない小さな酒蔵も。その中で渡辺酒造釀は、失礼ながら後者に属し目立たない存在。しかし私の目に留まったのは会場唯一の「女性杜氏」の酒蔵としての存在、キラリと光って見えたのだ。お話しする中で興味は膨らみ、酒蔵への訪問を訪ねたところ「いつでもどうぞ」と心よく了解をいただいた。そんな経緯で本日の訪問が実現したのである。
酒蔵をご案内いただいたのは、女性杜氏の渡辺愛佐子さん。
全国でわずか30数名という数少ない女性杜氏のひとり。愛佐子さんは渡辺家の三女ながら、姉たちが家業を継ぐことはなく、必然的に酒造りの道に入ったとのこと。さぞや酒好きなのだろうと聞いてみれば、意外や意外、個人で楽しむ時はいたって少量と、はにかみながら答えてくれた。酒好きが酒におぼれて事業を失敗する話はありすぎるほどあるので、お酒とのほどよい距離感が、お酒造りには向いているのかもしれない。
さて。肝心の酒蔵の中であるが、残念ながらお酒造りにとって、今はオフタイム。次の製造に備えて蔵のメンテナンスの最中であった。それでも蔵の中に入った途端、ほのかに漂っている酒蔵独特の香り、空気感は、仕込み時期の熱気を想像させてくれる。
蔵を見学させていただいた後は、お楽しみの試飲タイム。
作られている銘柄のうち、「白雪姫」吟醸生原酒。「美濃錦」初心(うぶ)しぼり。「あさこのどぶろく」生の三種類を試飲させていただいた。どれも個性的であるが、中でも私の舌と心を捉えたのは、渡辺さんが現在こだわっているという、地元の酒米に地元の水を使った「白雪姫」の吟醸(生)原酒。
米は、レンゲ草を生やし、レンゲ草の花茎根を田んぼにすき込むことで肥料となった土壌で特別に栽培されたものらしい。水は水の都、大垣ならではの軟水を使用しているとのこと。
口に含んだ瞬間、なんともいえない米の香りが鼻を通り、口いっぱいに濃醇な味わいが広がる。食中酒として多くを飲むには適さないかもしれないが、酒本来の旨さを楽しむには格好の酒、気に入って即刻買い求めたのはいうまでもない。それにしても「白雪姫」とは、女性杜氏らしいセンスが感じられるネーミングではないか…。そんなこんなであっという間の1時間半だった。
酒蔵は、街の財産。地域文化の象徴でもある。
ご承知のように、日本酒は日本が誇るべき地域文化である。小さな街にも必ずといっていいほど酒蔵は存在する。昔から地域と酒蔵は密接な関係にあったのだ。
そういう意味では「食」という地域文化の中での酒蔵の価値、日本酒の価値が、もっと発信されていくべきではないか。そして何より地域に暮らす人たちは、もっともっと身近にある日本酒の文化を愛し、誇るべきではないだろうか。そんな風に思った次第である。